触れた唇の向こう側。虹が見えた。

其れは彼の勇気。俺の祈り





抱かれてみたい恋心





ここから見える四角い景色は、少しどんよりとしていた。
湿り気を帯びていそうな雲。ああきっと、一雨来るのだろう。

雨が降る前に、なるべく皆を帰したいと想った。想ったと同時ごろだった。

「きりーつ」

副委員長のよく通る、高くて硬質なその声で、その場に居る全員が立ち上がった。
少し遅れて、がたりと俺も立ち上がった。
にっこりとも微笑まない副委員長は、ただ、俺に一瞥だけをくれた。

早く役目を果たしてください。

分かっているのだから、言外に意味を込めた視線を送らないで欲しかった。だから俺は、ふわりと彼女に笑ってから、その表情のまま皆の方を向いた。



「コレで校内活動委員会の会合を終わりにします。俺の任期は来週の頭の選挙結果発表までなので、引継ぎはその後に行います。今まで有難う、お疲れ様でした。以上。」





長くてかったるかった委員会会議が終わる。
そんな事を言えば、副委員長や、生真面目なうちの後輩は、すこし眉間に皺を寄せるかもしれない。
其れでも俺は、跡部の都合のせいで気が付いたら為ってしまっていたこの地位に、なんら感慨は持ち合わせていなかった。

かといって、平でよかったのに、委員長が同じ部活だと俺(生徒会長)の都合が良いと言って振り分けた跡部に対しても、これと言った不満は感じていなかった。
それでこそ、跡部なのだと、その時は、今も、感心しているだけなのだ。



明日は報道委員会があると忍足が言っていた。
「日にち合わせて一緒に帰らないか」と言うような事を、例の胡散臭い関西弁で言ってきた彼に、俺はその日は都合が悪いし、クーラーのよく利いてる視聴覚室をお前の所に譲る気はさらさら無いから嫌だと言ったので確実だ。
運動活動委員会の岳人と、校外活動委員の宍戸は、忍足が裏工作に走る前に何にも気付かずさっさとやってしまったので、忍足は明日一人で帰ることになるんだと想う。



「滝君、貴方が最後よ。鍵、掛けたらちゃんと返しておいてね。さよなら。」

「うん、さよなら。」





よもや跡部の為と言っても過言でもない感じに選ばれた俺達は、忍足が明日委員会を開いてしまえば、其れで全ての委員長を初めとした幹部職たちは、事実上の任期満了ということになる。
まぁ俺と忍足の所は、選挙結果の発表までは何だかんだ忙しいけど。

これで、もう、何一つ、肩書きをなくしてしまうのだと、鍵をかけた視聴覚室の扉の前で想った。
これと言った目標物は無かった。だから、きっと中途半端だった。



遠くから、テニス部の音が聞こえてきた。










ば  た  ん  





か ち ゃ り










無言で、閉じてしまった扉を、もう、開く事は無い。




















++++++++++

「雨は、まだ来ないみたいだね」
一人確認をして、昇降口を出ようとした。

しようとしただけで、足は前には行かなかった。



「日吉・・・」

外から此方へ向ってきたあの子は、少し間をおいてから、
「こんにちは、滝さん」
礼儀正しい呼吸音をさせた。





「日吉、今日部活は?」
向き合ったままたずねた俺の声。
「雨がきそうだったので、早目に終わらせました。俺が最後です」
向き合ったまま応えた少し神経質そうなこの子の声。

「そう、ちゃんと部長をしてるんだね」
「いえ、跡部さんには、まだ追いつけてません」

ひたむきに、強さへ向う真っ直ぐな想い。



嗚呼、この子はとても、



「日吉は、奇麗事では済まされないあの中で、それでもキレイだね」



そう、キレイなんだ。










負けたくない、落ちたくない。惨めな自分は嫌だ。

だけど。

だけど、漠然と薄汚れてしまった思いを跳ね返せるだけの、強さへの憧憬も無い自分は、もっと嫌だった。

足掻くことすら出来ないほど中途半端で、おぞましいほど醜い自分は。

もう、あの扉の奥に気付かないフリをして隠して来たつもりだった。

何一つ、キレイなものなど無かった自分を、その真実を、扉を閉め、鍵を掛け、俺は振り返らずに来たつもりだった。










「・・・滝さん。俺は、キレイな貴方が好きです・・・」



其れなのに君は、そんな嘘の俺を見て、そんな事を言うの・・・?



「日吉、」

「はい。」

「お前はもっと周りを見なさい。そして、ちゃんとキレイな人を愛しなさい。」










ざ   ぁ  ざ   ぁ  ざ  ぁ  ざ ぁ  ざ ぁ  ざ  ぁ  ざ   ぁ  ざ   ぁ










「俺は・・・今の貴方だって、とても、綺麗だと想います・・・」










ざ   ぁ  ざ   ぁ  ざ  ぁ  ざ ぁ  ざ ぁ  ざ  ぁ  ざ   ぁ  ざ   ぁ










唐突に降り出した雨に濡らされていきながら。
それでも、昇降口に入る事も出来ずに。
この子に、泣きそうな顔をさせたのは。俺。



「本当の貴方はキレイじゃないと知っている貴方がとても、俺にはキレイなんです・・・」

それでも、力強くこの子は手を握るから・・・

ちゃんと、この子は知っていたから・・・





ぽつ ぽ つ ぽ  つ ぽ   つ ぽ    つ










突放す事なんて、もう、出来ない。










ぽ  た  ん










強く握られていた手を、ゆっくりと解くように、そしてゆっくりと絡めなおす。



俯いて、泣きそうな顔をしているから。
あまりにもキレイなこの子が。



髪。額。瞳。頬。唇。

するすると拭うように撫でる。





仕掛けた口付けは、噛み付くようにかえってきた。















こんな想いを待っていた俺に。










眼を開ければ、虹が、見ていた。


















































20040903