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あの日から心臓が、意味もなく早鐘を打つ。 それはこうやって、屋上のさらにちょっと上、給水塔で寝転んで空を見上げている時だ。 HOME, SWEET HOME
ふざけたピンクの校舎の色にもいい加減見慣れたあと七ヶ月で卒業、俺。 山吹中と云う名前の割りに、なぜ校舎はピンクなのか謎な山吹中は、俺の父親とか云うのが通ってたらしい。 優希はだから、俺をそこに入れたがっていた。 其れこそ俺は、何処でもよかったのだ。 私立になんて、俺が入るだけの価値は、何処にも無いだろう? 「ただいま」 ぼろぼろになって帰ってくる事は少なかった。だが、返り血を浴びて帰ってくる事は、今よりずっと幼い頃、小学校に上がった頃からあった。 俺の記憶がある頃から、優希はいつだって笑ってる。 ぼろぼろとは言い切れない俺を見て、にこにこにこにこ、 「仁、幸せになろうねぇ・・・?あたしと二人、ちゃんとしあわせになろうねぇ・・・?」 俺の背景を一番知ってるこの女は、どんな時だって笑いを絶やさないのだ。 泣きたくなるほどの事があると、いつだって俺を締め付けるように抱いて笑っていた。 理不尽を軽くいなせなかった自分は、優希をどれだけ悲しませてきたのか分からない。 それでも、幸せになりたいと想っていた。 でも、どうすれば善いのか分からなかった俺は、では、せめて優希だけは守ろうと、俺は顔も知らない父親に誓っていた。 誓いはいつか、手段を問わなくなった。 先天的に身体能力が秀でて居た俺は、いつか誰よりも強くなっていた。 誰も俺に近寄らない。近寄ってくるのはろくでもないやつだけだった。 だれもおれに、さわれない そしていつか、その目的もあやふやになった。 「二人で幸せに、か・・・」 「二人って誰?え?お前もう結婚すんの?」 寝転がったまま目線だけずらす。 と、よぅ。とか言って東か南かどちらの方角だったか?が現れた。 逆さまに映ったそいつは、一本失敬と、俺の胸ポケに入っていたタバコを掻っ攫って、何食わぬ顔して火をつけていた。 「おい、てめぇ何してんだよ」 「うん?ちょっとな」 わけわかんねぇな。 「で?誰が結婚すんの?あれ?男って18とかじゃなかった?」 「しねぇよ。」 「しねぇの?」 「してどうすんだよ。相手いねぇよ」 「あー・・・太一とか?」 「喧嘩売ってんの?お前」 「お前じゃないよ?」 「あぁ?」 「俺の名前、わかんないんだろう。南だよ。南。ちゃんと覚えとけ」 けらけらと笑うこいつは。 「千石がな、」 唐突にやってきて、 「?」 「つまんながってんだ。」 唐突に話を始めた。 「あ?」 「俺達の中に、シングルで千石の相手をしてやれる奴なんて居ないんだよ。力があまりにも違ってんだ」 「一人ぼっちのテニスで、しかも本気出させてやれねぇんだ」 あぁ、あの、独りの淋しさ 「ねぇ、あんた、踏み台には丁度善いよ」 あの日のあいつ。百億光年の孤独を払拭するほどの眩いほどの輝き、燦然。 ああ、まただ。また心臓が早鐘を打つ。 恐ろしいほど高鳴る。 「へらへら笑ってるけどなぁ、あいつ文句言わねぇで我慢してんだよ。」 心臓がばくばくと波を打つ。 「本気で笑えなくなってんだ。楽しくないんだろうな。俺達のプライドの為に、あいつは本気を出さないなんてしたくないんだろうけど、力関係を知ってるから、どうしても力を抑えちまう」 「ゆっくり、千石が前みたく笑えればいいと想ってる。でも、お前が戻ってくれば、一石二鳥だし、全国のための練習はやり易いんだ。」 千石という男の、その根底は、多分、驚くほどに俺と酷似していて、その根底は、しかし俺を飲み込むほどのものなのかもしれない。 「別に理由なんて何でもいいよ。いつでも来い。太一のコーチでも良いし、千石の遊び相手でも良い」 「俺が近くに行った所で、誰もちかよらねぇじゃねぇか」 「何言ってんだ。お前なんか、俺達は怖く無いんだよ、普通の奴らじゃあ無いからな」 さっきと同じようにけらけら笑う。 ああ・・・ 千石は生温いほどくそあまな帰る場所があるらしい。 だけど俺にだって、俺にだってあるんだ。 「いらねぇよ。一つもありゃ十分だ」 南は、けらけら笑う。 「幾つあったって困りゃしないさ。亜久津、『此処』もお前の帰れる場所なんだよ。部長の俺が言うんだ、間違いないさ」 ふぅーと最後の紫煙を長く吐き出して、南に奪われた俺の煙草は、一センチを切って床に押し付けられて消された。 眼の前のその行為は、とてもよどみなく完結した。 「そうそう、亜久津。」 「あぁ?」 「まだ15なんだからよ、責任なんて取れねっぞ?セックス、生はやめとけ。そこはけじめだ」 「なめんなバカ。当たり前だろーが。てめぇこそ相手に強請られてすんじゃねぇ」 「あっはははー!がんばるよ!」 かつかつと階段を降りる音を立てながら、給水塔を下りきった南は、此方へ一瞥をくれる事もなく屋上のドア、非日常から、日常へと帰っていった。 如何でも善いが、想うより、南は先へ進んでるらしい。 「生求められる相手いたのかよ・・・」 気恥ずかしさに口を手で覆った。 起き上がって視界をこらした。 恐ろしいほど空は青く澄んでいた。外の世界は、こんなにも晴れ晴れしかったのか。 屋上へ出る為のドアが未だ閉まらずに開いていた。 確かに俺は閉めたのに、あいつは開けて出て行ったらしい。 なんて事だ。 開けっぴろげられたその扉を、俺はくぐった。 帰り着きたかった郷愁。 欲しかった自分が肩を並べられる仲間。 そうだ、俺は確かに、いつの間にかテニスを愛していたんだ 20040821 |