君が生まれた事を、どれだけ喜んだだろう?





蝶よ 華よ



六年前、俺はまだ小学二年生で、跡部さんは三年生だった。
俺には、優しい両親と祖父母がいて、そして何より、跡部さんが居てくれた。

母も父も祖父母も、俺を愛してくれていて、俺も、出来る限りの愛情を持っていた。
だけれど、それ以上に俺には跡部さんが大事だった。
そしてそれは、今も変わらないことなのだ。

「崇弘は、妹か弟のどちらかが産まれても、景吾君が取られちゃわない限り、きっと良いお兄ちゃんになってくれるわね」

母は、母の膝の上に乗っている俺の頭を撫でながら、そう、嬉しそうに笑っていた。
「少し、景吾君に妬けちゃうわね?」
そういいながら、もう片方の膝に乗っていた跡部さんの頭もふわふわと撫でていた。
「大丈夫、俺が、小母様の分まで樺地を守るよ!」
ひだまりで、「そう、景吾君は、いい子ね。崇弘も、景吾君がいてくれてよかったね」と、優しく撫でてくれていた。

母はおっとりとした綺麗な人で、俺は目に見えるところは一つとしてこの人には全く似ていないかった。
よっぽど跡部さんの方が親子に見えるほどだった。
綺麗な二人は、よく、俺が少し席を外している間に笑いあっていたのを覚えている。
陽だまりの中、眩しくて嬉しくて、少し妬けてしまったのを、いつか話したら、跡部さんが「ばかだな、樺地」と優しい顔をしていた。
それは、俺の好きな母の顔に似た、美しい表情だった。



妹が産まれる日の朝、俺は我侭を言って、跡部さんも一緒に病院へ行けるようお願いした。
跡部さんは勿論二つ返事で了承して、家族の皆も、滅多に言わない俺の我侭を聞き入れてくれた。
俺の手をずっと跡部さんが握ってくれて、俺はとても心強かった。

ただ、長い長い時間が掛かった事だけ。
妹が産まれた時の事は、もう、それ以外は、あまりよく覚えてはいない。

ただ。産後、少し疲れた顔をした母が、それでも誇らしげに、
「ねぇ崇弘、貴方は今日から、正真正銘、お兄ちゃんよ?ねぇ、妹を、ちゃんと守ってあげてね?」
と、俺と約束したことも。それから、
「景吾くんも、愛してあげてね?」
と、跡部さんにもお願いをしたこと、それだけは、鮮明に覚えている。

いつもいつも跡部さんに守られていた俺に、守るべき大切なものが出来て、俺は心底嬉しかった。
血の繋がる兄弟のいない跡部さんも、妹が出来たみたいだと、とても喜んでいた。



妹は、これ以上無いほどの祝福を受けて、この世界に形をもったのだ。

どうか、この先、彼女に何の憂いも起きない様に。
綺麗な世界を、美しい世界を、愛らしい笑顔で生きていけるように。



全力で俺は守る。そして跡部さんも、全力で彼女を守るのだろう。

愛してあげてと、言われるまでも無く、俺達は彼女を愛していたのだ。










あれからいくつかの春を越え、俺達は心も身体も成長して、俺は、愛しているものを守れるほどには強くなった。
二人ぼっちで過ごした日々も、愛し合いされた幸せな日々も、それはこれからも続き、そして、今も変わらないものだと思う。





「けいごおにいちゃん!」
「元気そうだな、ひぃ」
「うん!」

ひぃと呼ばれ、ひょいと抱き上げられた六つになった妹は、今では時々しか遊びに来れなくなった美しい顔をした人に、これ以上無いほど懐いている。
そして、俺に何かあれば、「もう一人のおにいちゃん」にお願いすればなんとかなるとさえ思っている節がある。

沢山の愛を受けて、彼女は今日も愛らしい表情で笑っている。
優しい顔をした跡部さんに頭を撫でられ、綻ぶ花のように笑う妹。

幸せというのは、こういうものを云うのかも知れない。
そう思っていたら、
「あら、おかえりなさい、景吾くん、崇弘」
「ただいま。・・・ご無沙汰してます」
妹を抱いたまま、軽い会釈をした跡部さんに、
「景吾くんは綺麗な笑顔で笑うのね。崇弘も、優しい顔をしているわ」
と、母は、跡部さんをゆっくりと撫で、次いで俺もゆっくりと撫でてくれた。
ふわふわと、それはいつかと全く変わらない優しさ。

「玄関でうちのお姫さまにつかまっちゃったのね。 ほら、お兄ちゃんたちと中で一緒に遊べなくなっちゃうから、少しだけ降りて待ってなさい?」
俺と跡部さんが靴を脱いであがるまで妹の頭を撫でていた母は、その間もずっと、優しい表情のままだった。

「景吾くんと崇弘も帰って来たし、お買い物行って来るわね?お留守番お願いします」
俺達と入れ違いに外へ向った母は、一緒に行こうか?という申し出を丁重に断って妹と二人で行ってしまった。
「待っててねおにいちゃんたち!ひぃ、おいしいもの、つくるよ!」
「ああ、期待して待ってるから、気をつけて」

二人が行ってしまい、残された俺達は、不意に込み上げてきた笑いに、小さく笑いあってしまった。

「六つとはいえ、ちゃんと女の子なんだな」
「そうです、ね。おやつは当たり前に、晩ご飯も出ると思うので、出来れば・・・」
「ああ、喜んでご馳走になるよ。あとで家へ電話しておく」
「ありがとうございます、跡部さん」
「いや、こっちこそ」

ここは、俺が帰ってきてもいい場所のまま、今もあってくれてありがとう

跡部さんが小さな声で言った言葉は、聞こえなかったふりをした。
そのかわり母のしてくれるように跡部さんを撫でた。

やっぱり無性におかしくて、二人が帰ってくるまで、じゃれながら笑いあっていた。















妹が産まれる前から、そして今も。
母はにこにこと笑って、母より誰より、幾分でかすぎる息子を捕まえて、頭を撫でてくれる。跡部さんも、たまに捕まって、頭を撫でられている。





「ねぇ景吾君、これからも、うちのお兄ちゃんとお姫様を、愛してあげてね?」
「ええ、一生涯かけて、これ以上無いほどに」





ひだまりのなか、いつか交わした二人の約束は、俺達には知らされないまま、いつか、空へ昇る日まで、違えた事は無かったそうだ。










母も、跡部さんも、あの二人は、いつだって俺達兄妹を、蝶よ花よと愛してくれる、

蝶より花より、美しい人たちなのだ。



















































20050403