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君がいつか、空へかえってしまうかもしれない日を怯える毎日を、きっと君は知らない。 Mr.ポーカーフェイス
* * * * * 「岳人!」 呼ばれて振り向いた先に居たのは侑士で、呼んだ少しあとに掴まれた左腕が痛かった。 「何、侑士?痛いんだけど、腕」 放せと言外に込めてみたものの、侑士は変わらず掴んだままだった。 「何しとんの、自分・・・」 何の表情も見せない、呆れたような表情。 どうせ嘘だろ、そんなもん。 「何もしてねぇよ。何?こんな事でお前がキレんの?」 「きれてなんてない。呆れてんねん。」 呆れてる?何処がだよ! ふっ、と堪え切れなかった笑いが、見る見るうちに大きくなって、今や俺の笑い声はコート中に響いている。 正・準・その他大勢の視線を浴びても、いまだ止まる事の無い俺の笑い声に、忍足侑士は、怪訝そうに眉間をしかめていた。 跡部はすでに俺達から視線を外し、コートの外で樺地からスポーツドリンク(中身はきっと、樺地手製のミネラル飲料だ)を受け取って飲んでいた。 対戦していた鳳と宍戸は、声をかけるタイミングを失って、所在なさげに立ったままの宍戸の傍を、鳳がおろおろとしていた。 それでもまだ俺の笑いは止まる事をしらず、笑いすぎて座り込んでしまった俺の左手を、それでも侑士は掴んだままだった。 侑士の表情からは、依然何も見えない。 だからこそ丸見えだと言う事は、言わないでいてやろうと、心で決めたことにすら俺は笑った。 * * * * * 「岳人!」 叫ぶ声は、予想外に大きかったと思う。 月面宙返りの着地が上手くいかなかった岳人は、ぎりぎり両足で着地した後に、そのまま前のめりに倒れてしまった。 いくら手をついたとはいえ、その衝撃は軽く無いと思う。 そしていくら軽いといっても、岳人の全体重の掛かった左手のダメージは、思うよりもずっと軽くないものな筈だった。 「何、侑士?痛いんだけど、腕」 それでも岳人は平然としていた。 彼は消して、俺が思うほどやわではないのだ。 「何しとんの、自分・・・」 此方も平然を装って岳人に問う。呆れた表情で、心配のそぶりも、本心も見せないように。 「何もしてねぇよ。何?こんな事でお前がキレんの?」 見透かすように受け答える岳人は、猜疑の目を向けてくる。 「きれてなんてない。呆れてんねん。」 そう答えた直後、岳人は肩を震わせ、そのうちどんどんとボリュームを上げながら笑い始めた。 他人からの視線の嵐など、跡部のおかげでとうの昔に慣れきってしまっていた俺達にはなんでもなく、ただただ俺は岳人を見ながら左腕をつかみ、岳人はひたすら笑い続けていた。 そのうち岳人は笑いすぎて立っていられなくなったのか座り込んでしまったが、俺はそれをどうもする事はなく、ひたすら掴んで放さなかった。 岳人はいつか、跳ぶんではなくて、飛んでいってしまうかもしれない。 俺を残して、自由へ飛んでいってしまうかもしれない。 何の表情も浮かべない自分を嘲笑うかの如く笑い続ける岳人を見つめながら、ぼんやりと、俺は思った。 いつかこの手を放したがるのはきっと岳人で、俺はそして、それを傷など付いていないフリをしながら放してやるのだろう、と、まだ訪れると決まっても居ない未来に、打ちのめされた。 ぽつりと岳人の頬を濡らした水。 泣けない俺の代わりにか急に降りだした雨に、二人、動く事もせずその場に居続けずぶぬれになった。 そしてずぶぬれの俺を見ながら、「そうやって泣けばいいんだ」と笑いながら言ったずぶぬれの岳人に手を引かれて部室へ行くまで、俺は一切、表情が変わる事はなかった。 20050711 |