おかえりなさい





「おい、樺地」



跡部さん達三年生が引退して、卒業して、桜が散って、俺達は日に日に忙しさに追われていた。
すべき事なんて、きっと上を向くのも怖いほどにはあるのだと思う。

だから

足りない。
これでは足りない。
もっと、もっと多くを。

足りない、
足りないのだ。

到底、かの人の足元にすら到達できていない。



「なん だ?日吉」
「一年生の指導は、今、誰がやってるんだ?」
「跡部さん。」

「は・・・?」

「跡部さん が、好意で、指導に来てる。」
「・・・後ほど部室でおもてなしをすればいいな。茶菓子とそもそも、茶はあったか・・・?」
「抜かりなく、鳳が 買出しに行って帰ってきてる。鳳が、昨日、最後の紅茶葉を使い切ってしまったから。」





跡部旧部長が引退した時、俺は部長に任命された。
俺の傍で色々見てきた樺地は残るんだから(それは当たり前だという言葉、どうしても出せない表情をされたので黙っていた)、別に心配も無いだろう。
そう言って、頭を軽くはたかれた。
ぽん、と。
それはとても、涙を堪えたような顔。
何かを握っていた手を、俺にその手の中の物を預けるように。
かの人が、俺に、何を預けたかったのか、到底分からなかった。
それでも、俺はそれに答えなければ為らないと思った。

「はい!」

声を張り上げて。空に木霊するほど、かの人が安心できるよう。



俺は跡部旧部長から、恐ろしいほどの多くのもの受け継いだのだ。
其れは責任だけではない。

これはなんと、重いものだったのだろう。

ただ、上を見て、倒せばいいと思っていた、その下克上論を捨てる事からまず始めた。
上を見る事をやめるわけではない。
ただ、倒すべき何かと同時に、守るべき何かを手に入れてしまったので、少し手法を変えただけだ。

何をもにも惑わされず、執着せず、そして自分にとって強なるものを倒していくだけの方法では、到底、かの人ほど全てはこなせないと知った。



樺地はいつでも、傍に居た。鳳も勿論のように傍にいた。
両手に大木を携えた俺が、酷く貧相に見えたので、身体を鍛える事にした。
かといって身体が重くなってしまっては動けなくなるので、微妙な調整を続けた。

気がついたら少し伸びた背。

そして消して一人ではないと思わせるもの。

そうだ、俺は、いつの間にかとても居心地がいいと思っているこの場所を、守らなければ為らないのだと知った。





「樺地、お前を傍においてる俺は、少なからず跡部さんに恨まれてるのかもしれない。」
部室で、かの人をもてなす準備、のついでに雑務。

すべき事の多い日々。少しでも身体を動かしたい、強くなりたい。負けたくない。もっと、もっと、まだ足りない。
焦燥感。

「跡部さんは、俺の手を、放して無いから大丈夫。今は、日吉の力になって、部活の為に、俺が全力を出す事を悦んでくれてる」
「そうか。」

「ああ」

少し軽くなる心。
俺は、今樺地が居なくなる事も、跡部さんに恨まれる事も、どちらも望んではいない。
望めるわけが無い。
樺地も、跡部さんも、俺には大切だと思える人なのだ。
俺が上をひたすら見続けて、それでなお、帰りたくなる場所を作ってくれている人たちなのだ。



「そうか」





「あーん?あたりまえだろう?其れで俺が否定したら、樺地が困るし、そもそもに置いてそんなもん俺様の性分じゃねぇんだよ」

「跡部さん・・・」
同じタイミングで樺地と俺の声がそろった。
樺地が微笑んだ(気がした)。
俺は驚いた。






俺は驚いたはずなのに。





「おかえりなさい、跡部さん」





跡部さんも樺地も、鳳も、さらに驚いた顔をしていた。





いつか俺が、ただいまと言って、此処へ帰ってくる日も来るだろうか。


















































20041215