クレヨンは綺麗なままだった。
折れることも無く、失くすことも無く、
磨り減ることも無く。

クレヨンは綺麗なままだった。





塗り潰されたもの



真っ白な画用紙と、綺麗なままのクレヨン

それは、自分を守る結界





「なぜ、使わないの?」

優しい顔をして僕に聞く。

「使いたく、ないの」

そう答えるしかない。他に何と言えば良い?

画用紙を前にして、クレヨンを手に持って、動かない。
眉をしかめて、嫌な事を頑なに拒絶していた。

でも本当は。
いっそ、乱暴なくらい書き殴ってしまいたかった。
真っ白な画用紙を、ただただぐちゃぐちゃにしたかった。
分からなくなってしまうほどに色も混ざって真っ黒になる画用紙。

自分と同じように・・・



違う。違うよ?
ねぇ、僕の心は綺麗だよ?
ぐちゃぐちゃなんかじゃないよ?

誰も護ってくれないから、これが僕の最後の結界。

色が混じって、どんどん黒くなってしまうんだ。

そんなの、目の当たりにしたくないんだ。





「何も、描きたくない。このままが、いい。」

ふぅ。と一つため息。

「いいよ、君は君で居て」

諦めたような気配を、それとなく見えないように、
薄い、気持ちの悪いオブラートに包んで放たれた言葉。

手には、使えないクレヨンが一本。
握られていた。
机には、何も描かれた事のない画用紙帳が置かれていた。
何十冊と画用紙帳を使っていく級友を横目に。





++++++++++ ++++++++++



晴れ晴れとした天気だった。

降り注ぐ木漏れ日の下、自分の好きなものを自分の好きなように描いて良いといわれた。



何も描かず、ぼんやりと空を眺めていた。

花を描く子。
空を描く子。
人を描く子。

何かを描く子。

何も描かない子。



軽い眩暈がした。



ふと、影が差して視界が少し暗くなった。

気が付けば見知らぬ子が自分の事を覗き込んだ。



「何?」

「描かないの?」

「描かない」

「どうして?」

「使いたくないから」

「どうして?」

「・・・色、混ぜたくないんだ。綺麗なまんまで取っておきたい。」

「どうして?」

「だって、真っ黒になっちゃうから。」
「色、混ぜたら黒くなっちゃうから。」



とつぜん。



乱暴に俺の手から取られたクレヨンは、画用紙を汚していく。



がしがしと。



がしがしと塗り続ける彼は、その手が汚れる事に頓着していなかった。
たった一色でもって埋められていく画用紙。ざわつくのは何だ?

真っ赤な画用紙
真っ黒な画用紙
真っ青な画用紙

一枚の画用紙には一色しか使わない。

がしがしと、ひたすら塗りつぶしていく君。

「こうすれば、他の色と混ざんない」

確かに。その色は、他と混ざることなく自分の色だけを綺麗に発色させていた。

「混じんないよ?」

「うん・・・」

「どうして泣くの?」

「わかんない」



クレヨンはもう無くなった。
画用紙帳も無くなってしまった。



新しいクレヨンを買ったら、今度は失くすようになった。
途中まで使っては無くなってしまうクレヨンは、

何処へ?










20030422
今朋 獅治

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