「いの・・・いのり・・・」

呼ぶ声が、酷く優しいのを俺は知ってる。



られたふりしてそのままアンタをってみよう




「起きな。祈」
「・・・うるさいよ朋・・・。」
「あのね、祈。起こしてもらって怒るな?」
「勝手に起こしたのはそっちだろう。」
「約束してたのに寝てたのはお前。」

そうやって俺を諭すこいつが。
居なくなってしまったら・・・



出会いは中学だ。部室が俺の教室から近い。
それだけの出会いだ。
隣に存在する部室に、あいつははじめから居た。
「初めまして。灰島朋です」
と見知らぬ先輩と話していたあいつが振り向いて俺に声をかけて
「あ・・・小境・・・祈・・・っす・・・」
とかえしたのが最初の出会いだ。

いつだって。
「俺がやるよ。やっとく。」
そう誰にでも優しいくせに、誰にも本心を見せない。
「面倒くさくないのか?」
と聞いても、にこやかに笑いながら「別に?」とかえす眼が。其の眼が本気で笑ったのを見たことは、無い。
「余計な事を聞くな」と威嚇するようなそのプレッシャーを、嫌悪していたのは確かだ。



いつだっただろうか・・・?
心底具合が悪かった日。あと少しで終わる部活を、あと少しだと耐えていた。
先輩の長い話は、いつもよりずっと長かった。
「お前、顔色悪いぞ?大丈夫か?」
と上から降ってきた声に、意識が遠のいた。

遠く遠くで聞こえる会話は、あいつが先輩に許しを請うている声だった。

「小境、今保健室つれてくから。もう少しがんばれ?」
そう言われて、抱きかかえられていた。

弱さを。彼の弱いところなぞ、見たことが無い。自分ばかりが弱さを曝す。

嫌いで仕方なかった。





++++++++++ ++++++++++

「「なんでお前も居るの?」」

其れが、出会い頭の言葉だ。
傍に居たお互いの親は困った顔を浮かべていた。
自分としては別に隠してた訳でも無い進学先の学校に、二人とも受験してて、二人とも受かったというだけの事だ。
其処にある問題は、同じ町に住んでて、同じ中学が出身で、同じ部活に所属していたと云う事実だ。
どうして同じ学校だと気が付かない?
でも其れが事実だ。ふざけてるよ。本当に。



知らないやつばかりの学校だ。俺たちが仲良くしてるのだって不思議は無い。

ただ少なくても、「大切」な友人ではないのだ。

「おはよ。」
「ん。」
会話なんてそんなものなのだ。
声をかけなければ返事なんか返ってこない。声をかけたって満足な返事も返ってこない。
それでも気が付けば、傍にいた。朝も一緒に行った。クラスが違うというのに、其れでも近くに居た。
気が付けば隣にいたんだ。



共通の友達が増えていく。
共通じゃない友達も増えていく。
そして時々見せる嫉妬の眼。
何も言わない其の表情が、壊れていく其のさまを。

崩れていくポーカーフェイスは、其れでも完全には剥がれ落ちなかった。
自分が向けてる其の視線の意味を、知っているやつなどはいない。
居やしない。
簡単には気付かせない。ばらさない。信用に足るものなど、居ない。

でも。

本当は置いてかれて寂しいなら、そう言えばいいのに。

誰かとしゃべることにすら嫉妬して。孤独を感じて、一人で沈んで。
狂ってるのはお前なんだと、誰かに言われる日に怯えて。

其れでナニが得たいのだろう?

にこやかに笑って愛想を振りまいて、当たり障り無く生きて、ナニを?
排斥してるのは、俺の精神か、それとも君の未来なのか。
分からない。分かりたくも無い。
それでも、少なくても、護りたかっただけなのだ。
あいつの行く先にある多くの邪魔のものから。
そう、いつからか。護りたいと思っていたのだ。穢すのは俺一人で十分だ。
綺麗なものだけを見せたかった。
汚く穢れたものなどに、気付かせたくなかった。

生きていくのに必死な君に、余計なものなど与えたくは無い。

先回りして、エゴを植えつけていくんだ。
護ってるつもりになって、それで自分が満たされる。
まだ、そこに自分の存在価値が在ると。
真っ赤に咲いた俺のエゴに、君の綺麗な脚が絡め取られないように、細心の注意を払いながら。



「灰島は小境にたいして過保護だよ。過保護すぎる。」
面と向かって言われた言葉に、
「そう?そうでもないよ。」
自嘲の笑みを浮かべていた。
「気付いてない?」
「過保護なんじゃなくて、俺のエゴをぶつけてるだけなんだよ。俺なんか、居ても居なくても変わらない。きっと居なくなっても泣いてももらえない。きっと、清々されるさ。」
寂しげに、でも気丈に放った言葉。
この現状を正確に伝えるのは諸刃の剣なのだ。相手も気持ちがよくないし、俺も、辛い。
「・・・あいつも、お前には甘いよ。」
「逆らえないだけだよ」
「躾?」
「そう。躾たんだ」
「どこまで本気で?」
「さぁ?」
お互いに小さく笑った。
その場を逃げた。俺には、乾いた笑しかできなかったから。

「俺はいのに過保護だって。」
「誰だよ・・・そんな嘘言ったの。」
ありえねぇとしかめっ面で言う君が、酷く愛しくて
「うん?・・・だよ。」
「けっ。お前は俺にだけ甘くねぇんだよ。」
「やっぱり。いのはそう言う気がした。」
「わかってるんなら言うんじゃねぇ」
「うん・・・」
酷く憎かった。

やっぱり、君には気付いてもらえない。

だけど、君は気が付かなくていい。
ぬるま湯のような愛の形に。
柔らかな殻に護られて、ここで生きて欲しい。
何も知らずに、俺の隣に居て欲しい。
いつか、離れる事があったら、

ほんの少しでも、俺が居なくなることに泣いてさえくれれば、俺は其れでいいんだ。





++++++++++ ++++++++++

高校を卒業して、其の帰りに馬鹿みたいに泣いてから、既に半年以上たったある日のことだった。

「祖母が体調悪くしたんだ。だから俺は面倒見なきゃいけない。」
と、俺の家に電話がかかってきた。
「そう・・・。」
他に何を言えば善いのか分からなかった。
「うん。ごめんね?」
といわれたら、
「いや、仕方ないし。」
としか返せない。

ほんの数分のやりとり。
電話を切った後たまらなく寂しかった。
俺はここに置いていかれてしまうと思った。
遠くに離れてしまうのだと思った。途方に暮れて壊れてしまうかもしれない。
笑って、送り出してやれるの自信が無かった。

だからそう、メールを送った。
想いを、そのままに。

『ばっかじゃないか?誰が田舎に行くなんていった?あっちが来るんだよ。迷惑なことに。』

すぐにそう返ってきた。
全てが俺の勘違いだった。
純粋に嬉しかった。





一度だけ、たった一度だけ。
あいつの弱さを見た。

「俺が死んでも、きっと、誰一人俺が居なくなることに涙を流さない」
「そんなことは無い!皆悲しむ。涙を流す!」
「皆ね、人の死が哀しんだよ。俺のがじゃない。涙は友達をなくした自分のためにだよ。俺のためにじゃあない」
「そんな・・・」
「だからね、いのは俺の為に泣いてよ。せめて君だけでも、俺が死んだ事に心を痛めて…?」

「・・・泣いてやるから哀しい事言うな。」
「ありがとう。」

其れは一度だけ、たった一度だけ。
あいつが弱さを見せた時だった。

だから。

お前を失うまでは護られたフリをして、あんたの其の脆い心、俺が護ってやる。

お前を失ったら馬鹿みたいに泣いて、

泣いて泣いて



壊れてお前と同じ処に往ってやる










20030313
今朋 獅治

禁 無断転載