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とても優しい顔をしていた。 大通りを挟んで見えた彼は、幸せそうだった。 一生懸命花を選ぶ彼の姿。 そんな彼が、好きなんだと気付いた時には、其の時点で失恋をしていた。 世界に一つだけの花
部活は始まっていた。自分は、出番を待っていた。名前を呼ばれるのを、待っていたのだ。 コートで闘っているのは、まだ、自分ではない。でも、目の前にあるのは、高みへ登るために必要なもの。 今、視界に入っているものは、入れなくても良かったものだった。 「あ、英二!」 人好きのする彼は、英二と呼ばれる人懐っこい彼を呼びかけた。 「何ー?タカさん。」 それこそ、てとてとという音が似合いそうな歩調で、英二は『河村』の傍へと寄っていった。 こそこそと。耳打ちをして。にこやかに笑いあって。 遠目に見えた雰囲気は、仲の良い兄弟の様。自分は、あの位置にも居られない。 握り締めたフェンスは、ぎりぎりと、悲鳴をあげていた。 細腕の僕に、切られまい・と、抵抗の音を立てていた。 偶々隣に立っていった長身の彼は、試合をしている彼の愛しい人から、少しも視線を逸らす事無く、ただ少し、眉をしかめていた。 「不二。」 自分を呼んだ人物は、まだ制服のままだった。 「あ、大石。今来たの?」 「あれは、英二しか適任が居なかったんだよ。」 「大石・・・?」 「あのポジションじゃ、俺だって、一番になれないよ?英二の一番に。」 さりげなくも無い気配りは、大石の常套手段だ。 「大体、全てにおける一番になんて、成れっこ無いだろう。」 わかんないよ・・・僕が、彼の、『河村隆』の中で一番に位置づけられてるものなんて・・・ 「らしさなんて求めないけど―」 「あ!大石!」 会話の途中だったけれど、大石の姿を見つけて、大きく手を振る英二は、酷く嬉しそうで。 会話の途中だったけれど、酷く嬉しそうに手を振る英二を見る大石の顔は、とても優しさに満ちていた。 会話の途中だったから、大石は片手で僕に謝って、英二の元へ寄っていった。 「ごめん、英二!今委員会が終わって来たんだ!」 「早く着替えてきなよ!大石、試合まだでしょう!」 そんな、嬉しくて嬉しくて仕方ないのを身体全てに表現して。 途切れてしまった会話。後に残された僕。河村と一瞬絡んだ視線。困ったように微笑む河村。 今まで行われていた試合から、一瞬すら視線を逸らす事無く見続けていた長身の彼が、視線を寄越した理由にも気が付かない。 「不二。次、お前と河村だよ?」 「ああ、ありがとう、乾。」 睨んだ視線の先には、僕の闘うコートが、いつもと変わらず其処に在るだけ。 ラケットを持っていつもより積極的になった彼は、今は、対戦者なのだ。 気持ちにも、スイッチは付いているのだろうか?さっきまでぐずっていた心は、既に目の前の相手を倒すべき敵と認識していた。 心が昂る、精神が研ぎ澄まされてく。開眼した眼に、愛しい人は映らない。良く出来た身体だと、何処か人事に捉えてる自分が呟いた。 コートに入れば、ノイズは聴こえない。 心地よい緊張感。背中を走るぞくぞくするもの。決して。決して、自分に喰われる事の無い相手の眼差し。恍惚としていく。 其の全てが自分には快楽だと言えば、ストイックな対戦者は激昂するのだろうか? 微笑む僕に、君は激情? 彼の吼える声は、コートを轟かす。 僕は、それに、怯まない。 一種の昂揚感。いく為の行為と言うと聞こえが悪い。 でも、意味なんて一緒だ。疲れた後にする方が、いっそ快楽は強いそうだ。 だけど、求めてなんか居ない。そんなもの。求めていない。 コートを挟んで対峙していなければ、僕は彼を見ることは出来ない。 愛だの恋だの、言ってはならない。僕の一番は彼でも、彼の一番は僕じゃない。 「やっぱり不二は強いや!」 既に、対戦者から仲間へと、認識の戻った彼。僕は、対戦者から、愛しい人へと変わる。 だから僕は、宙ぶらりんの感情のまま、軽口を叩く。 「ねぇ、この間買った花は、誰にあげるの?」 「え?!」 なんて、真っ赤な顔。 「誰?僕の知ってる人?言ってくれれば僕だって手伝うのに」 微笑んで居る筈、真っ赤なのは、僕の視界。 気が、狂いそうなほど。 血が、逆上しそうなほど。 赤く、染まった僕の想い。 「あちゃぁ〜・・・」 なんて、そんな。ばつが悪そうな顔。何で?何で?何で? 「教えたって、もう、平気なんじゃないんですか?河村センパイ。」 食入る様に、睨み殺すように。さっきまで居た長身の男と入れ違うように。やっぱり彼も、視線はコートから外さずに言った。 「海堂も知ってるの?」 彼の視線は、コートから外れない。 「僕だけ蚊帳の外かな。」 つい。と、僕に、さっきまでとは違う、真っ直ぐな視線を向けた。 「俺に、牽制したって。何にもならないのは、知っているんでしょう?不二センパイ。」 それだけ言って、彼はそのまま視線を元に戻した。また、ぎりぎりとした視線。 困ったように。彼は言う。 「ごめん不二、後で、俺の家に来てもらえる?」 白状するから。 そんな、ごまかしならば、いらない。 「うわ!部屋汚かった・・・!」 お邪魔します。と、上がって。通されようとしていた部屋は、彼の予想以上に汚かったらしい。 ゲームが出しっぱなしなだけで、其れは汚いと言うものではないと想う。 其の言葉が当てはまるのは、乾の部屋の魔窟だと想う。 「それで・・・?」 別に汚くないから構わないよと上がった部屋で、僕は話を切り出した。 「わざわざ部屋に呼んでくれたんでしょう?どうして?」 あ、あのね?と、言いながら、彼は僕の前で正座をする。 「何?」 と問いただすと、やっぱり顔を真っ赤に染めた河村が居た。 「これ!貰ってくれないかな!」 と、勢いよく出された花。僕は、吃驚しながら、そのまま受け取ってしまっていた。 「え・・・?何で・・・?」 花を抱きしめながら、僕は訳が分からなかった。河村は花を差し出した時の体勢のままだった。 「ねえ河村、上向いてよ?ちゃんと、説明して・・・?」 其れしか言えなくて、僕は河村の言葉を待っていた。 「俺、不二の事好きなんだ!」 赤い赤い顔。僕の顔も真っ赤。 「え?!」 だって、そんな。間抜けな声しか出ない。 「だって・・・」 「俺、男だし、不二も男だから、もう、如何したら善いかわかんなくて」 「じゃあ、なんで英二とこそこそしてたの・・・?」 「英二なら、不二の一番近くにいるから、何か色々教えてくれるかな?って・・・そしたら、応援してあげるって・・・俺、タカさんも不二も大好きだから応援するって。」 「海堂は・・・?」 「花探してる時、遇っちゃったんだ。」 「早く・・・」 「不二?」 「僕も好きなんだから!もっとちゃんと、早く言ってよ!」 混乱していたボクを、抱きとめてくれる優しい腕。 僕は一番になれないと想っていた。でも、一番大切な位置で、彼の一番になっていた。 河村の中の英二の位置は、僕をよく知る友人としてだった。 確かに、其の位置じゃ僕が一緒に居られる訳が無い。 大石だって、無理なのだ。 だから要らない心配をするなと。彼は言外に込めてくれたのだ。 大通りを挟んで見えた、嬉しそうな彼の顔。 僕に向けられていた優しい顔。 自分勝手にふてくされた僕を、見捨てないで呉れてありがとう・・・ ++++++++++ 俺が、気持ちを伝える気になったのは、本当に偶然だった。 わざわざ花屋で花を選んだ事なんて無かった。何を買えばいいんだろう?如何したら喜んでもらえるのだろう? 自分は、花なんて分からない。 (不二に似合うのは、どれだろう・・・) 「不二センパイに告白でも?」 「うん・・・って、海堂・・・?!俺、口に出してた?!」 「はい。」 「あ・・・あぁ〜・・・。そっか、ばれちゃった・・・海堂は気持ち悪くならないの?俺のこと」 「どうしてですか?」 「どうしてって・・・」 言いごもる俺に対して動じる様子も無く、 「それより、何買うんですか?」 と、普通に海堂は聞いてきた。 「え・・・?あ、どうしようかなって。海堂は花に詳しい?」 と、わたわたしながら聞くと、 「センパイよりは。」 と、とても素っ気無く返ってきた。 「花言葉とかって、やっぱり、気にするかな?」 「気にする人はしますね。でも、人間が勝手につけた言葉ですから。花には関係ないと思います。がんばって咲いた花達には、きっと優劣も、何も、無いと思います。」 「海堂・・・」 「でも、気になるなら・・・」 周りをキョロキョロしたかと思ったら、ああ、と指を差したのは、店の前にあったプランター。此処の商店街でしている事業だ。 「プランター・・・?」 「あれは、美女撫子です。」 「美・女・・・?」 「長く続く愛情。」 「え?!」 「がんばって咲いたんです。だから本当は、どんな花だって綺麗なんですよ。」 え?と驚いている間にすたすたと歩き出してしまった海堂は、既にとても小さかった。 「気持ち悪くないのか?って、さっきの答えです。ガンバッテクダサイ」 と微かに聞こえた言葉に、ありがとうと吐き出した言葉は、本心からだった。 後輩からの些細な言葉。 だから、不二に対して咲いてしまった花と、ちゃんと向かい合おうと想った。 例え其の花が枯れる事になってしまっても、それでも向き合おうと想った。 世界に一つしかない、俺だけの花の事を、せめて、知って欲しいと願った。 そして花は、咲き誇った
20040109 今朋 獅治 禁 無断転載 |