メリー・クリスマス・Mr.ローレンス






落し物をした。少しばかり多く入っていた財布の中身。きっと、もう、中身なんて無い。
いつ、どこで?何も分からない。気付けなかった。
近所へ買い物へ行ったほんの数メートルの道の間、何処かに落としてしまったのは、大切な人から貰った財布だった。



「おめでとう海堂。これで、晴れてまた同じ学校だね」
「ありがとう、ございます。センパイ。」



高校に入学した時、一年歳の違う先輩から、貰った財布。其れはちょっとしたブランド品で、財布とおそろいの定期入れも貰った。
大好きな人からだったから。とても嬉しくていつも使っていた。失う日の事は全く考えていなかった。
お守りのように色々なものを入れていた。大好きな歌手の最後のコンサートのチケットや。お守りのようなものまで、とにかく大事なものを、大事なものの中に入れていた。
だから、自分が捨てない限り、半永久的に存在すると信じていたのだ。

口にするまで、現状も頭に入らなかった。

「母さん、財布、落とした・・・」
そう言いながら、初めて涙が込みあげてきた。
そうだ、自分は、大切なモノを落としたのだ。
其れは、とてもとても悲惨な顔をした息子を、母は、少し訝しげながら、もう一度、よく探してみましょう?と、ひたすら暗い夜道を探してくれた。
其の後を付いていくしか出来ない自分は、もう、使い物にもならないと思った。
それでも、黒いものを見つけると、慌てて走っていく。傍によって見れば、石だったり。滑稽だと思った。
いい歳した人間が、財布の一つ無くした事で、こんなにも取り乱すとは。
母の後を付いて、精気の無い顔で視界に入る光景をまともに映せない頭で、絶望的希望に縋って、探し回る。

最後に泣いたのはいつだったんだろう?
とても久しぶりすぎて、自分は泣き方を忘れてしまっていた。
如何したら泣き已めるのか。もう、覚えていなかった。
めったに泣かない息子が、如何にもならないほど泣き続けている事は、少なくても母親を困らせていた。
自分にはどうしてあげることも出来ないと、母親だからこそ解っていたのだ。
「もう遅いから、明日の朝、もう一度探してみましょう?だから、貴方はもう休みなさい?」
と自室に帰り、布団に入る事を進められた。
覚束無い足取りで、自分の部屋に帰っていく。何処を歩いているのかも分からない。受け容れ難い現実は、自分を壊していく。
だからと言って悔やんでもどうにもならない事なのだ。自分の招いた、事なのだ。これは。
「何も、要らないから。中身なんて、もう、いいから。財布だけでも、却ってくれば・・・」
やっとの思いでたどり着いた布団に篭って、ただ、呟く。何度も何度も。眠りが訪れるまで。握り締めた手には、うっすら血が滲んでいた。



微かに振動が起こる布団。ふと我に返る。
着信元は、愛しい人。
「・・・もしもし・・・」
聴こえてくるのは、愛しい声。
「海堂?大丈夫?」
「・・・は・・・い・・・」
掠れてしまって、如何聴いても大丈夫に聴こえない声。
「なくして、酷く落ち込んでるって、海堂のお母さんが電話くれたよ。」
「・・・はい・・・」
「形あるモノは、いつか壊れるものだから、落として、ショックかもしれないけど、いつか、お気に入りの財布、出来るよ。」
違う。貴方がくれた、其の事が、大切なんです・・・。
「・・・はい・・・」
「中身なんて・・・要らないんです・・・ただ、財布が・・・返ってくれば・・・」
「うん、返ってくると善いね。」
しゃべるのも辛い。事実の確認をすると、どうしても涙が溢れてしまう。
「もしかしたら、新しい財布、手に入るかもしれないしね?」
「・・・はい・・・」
「あんまり気落ちしないで。形ある物はいつか無くなってしまうんだから。」
「・・・はい・・・」

「お風呂に入ってさ。泣いてみようとしてごらん?ふって我に返ったときね、そんな自分が可笑しくなるから。 何でわざわざ泣こうとしてるんだろう。って。笑えるようになれば、きっと大丈夫。」

彼は最後にそう言って、電話を置いた。

アドバイスというのもあれだと想った。それでもきっと、今の自分は泣こうと思う気にもならなかった。
これ以上、何処から水分を出せば善いのか分からなかった。



新しい財布は、近く又手に入りそうだった。
でも、本当は、其の事が死ぬより嫌だった。優しい貴方は、きっと必ず俺に其れを与えてしまうから。
落としてしまったことより、貴方が、気遣ってくれることが辛かった。

落としてしまった財布は。きっと見つからない。
俺は貴方を落としてしまって。きっと傍に居られない。



サヨウナラとは言わない代わりに、アリガトウで終わろうと想った。










其れは、雪もちらつかない、とても天気の好い夜の出来事だった。










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2003.12.24
世界には、神様なんか居ないと悟った日



20040115
今朋 獅治

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