真っ赤に熟れて、引き際を知って堕ちて行く様は。
なんと残酷な事だろう





椿鬼





広い広い庭に。
ずっとずっと昔から植わっていた椿。
毎年真っ赤な花を咲かせては、美しいまま堕ちて行く。
何百年此処に植わっていたのだろう?

何も知らない。何も知りはしない。何も知ろうとはしない。





「・・・薫さん?大丈夫?」
優しい母の声が聴こえた。
「大丈夫、何でもない」
「なら、いいわ。寒いから、早くお家の中へ入りなさいね?」
「はい」
「お父さんも、心配しているのよ?」
「・・・はい・・・」





其処に在る今だけで十分だ。過去は如何あれ、今が大切なのだ。
とりあえず、曽祖父の更に祖父が小さかった頃には既に植わっていて、戦火すらもこの花は耐え抜いてきた。と言う事だけは辛うじて聞いていた。

それを、とっくに引退したいうのに、「今を維持していれば進学は余裕だからね」とちょくちょく遊びに来ていた先輩に言ったら、「海堂の家はそんなに昔からあそこにあったの?」
と訊かれた。
「っす。」
と答えたら、「そうか。海堂は世が世ならお殿様になれたのかもね?」と笑って言った。
そういえば、遡れば旧大名家の血筋だと云う事をいつだったか言われたなとぼんやり思っていた。

それでも

「だからって、俺が俺である事は変わらないっス」
と言ったら、ふうわりと先輩は笑っていた。
「先輩・・・?」
「また、今度な。」
突然。話が終わって先輩は帰ってしまった。
学ラン姿の先輩を。ジャージの俺が追えるわけは無い。
物理的には可能でも、精神的に嫌だった。もう、校門を出てしまった足の速いあの人に、追い付く事は出来ない。
「あれー?乾先輩帰るんすか?」
と言った桃城の言葉すら、軽く受け流して消えるように帰ってしまった。





動けなくなった庭に。
雪が、降ってきた。
不自然に散らばる紅い椿の花に。
ほとんどの花を失って其れでも立ち尽くす椿の木に。
てんてんと降り堕つる雪。
堕ちた椿が、隠されていく。
「・・・寒い・・・」

ふと。

堕ちてしまった、まだとてもキレイな椿に手を伸ばした。
暖かそうだと想った。





「なぁ海堂、乾先輩どうしたん?」
「知らねぇよ・・・」
あっそ。と呟いたのが聴こえた。そんなの俺が知るわけも無い。
何故急に居なくなったのか。何一つ、俺は悪い事を言った覚えは無い。
それよりももっか、今は部活で一杯だった。

何十・何百と素振りをして。走って。

「海堂センパイ。その辺にしとかないと身体壊しちゃいますよ?」
と呆れた顔した小さな後輩に言われるまで、気が付けばがむしゃらに練習していた。
雑念を追い払いたかった。
「・・・雑念ってなんだ・・・」
小声で言ったのが聞かれたらしく、
「変な海堂センパイ。」
と小馬鹿にされた。





あの紅はとても暖かかったのだ。
じゃあコレは?
同じ紅なのに、どうしてこんなにも冷たいのだろう?

なぜ?

同じものだといったのに。



なぜ・・・?





帰り道、ふと気配を感じた。
ふっと目線を変えると、制服を着たままの乾先輩と眼があった。
暖かい、寂しそうな、眼。
「センパイ・・・?」
「やぁ海堂、気付いてくれてよかったよ。もし、君の時間を俺に貸してくれる気があるなら、少し、俺に付き合ってくれないか?」
「いいですけど、あんまり遅くなるようなら家に連絡しないと・・・」
「大丈夫だよ。行く場所は君の家だ」
「そんな急に・・!」
「其れも大丈夫。君の御両親は知っているよ。知らないのは、まだ守護を見つけていない君と弟君だけだから・・・」

何も。何も知らない。何も知りはしない。何も知ろうとはしない。





ぽたり



うずくまって泣けもしない自分の代わりに、最後の華が一房落ちた。





触れられた手が冷たかった。生を感じさせない温度だった。
見つめてくる目が寂しそうだった。儚い眼差しだった。

ただ黙々と歩いて。
一言も交わさずに。
手を。引かれていた。
知った路を。知らないはずの人が。
ただ 黙々と。

家が近くになるにつれて手に篭る力は強くなっていく。少しずつ少しずつ。
「センパイ・・・手、痛い・・・」
そう呟いたころには既に俺の家へと辿りついていた。

まるで、ずっとココに居たかのように。
何の迷いも無く庭にある椿の下へと着いた。

「乾・・・センパイ・・・?」
「なぁ海堂、俺は君に何を残せるだろう?」
「え?」
「俺は君に、どれだけのものを与えられただろう?」
「センパイ・・・?」
「なぁ海堂、俺は君が好きだったよ。」
「過去形・・・なんすか・・・?」
「そう、過去形にしないといけないんだ・・・!」

がしっと、掴まれた肩は、先輩が震えていることを俺に伝えた。
「何で、俺は居なくならなきゃ行けないんだろうね・・・?」
「センパイ・・・?」
「君の事なんか知らなければ良かった・・・!」
「どうして・・・!」
「君が、『海堂』薫だと知らなければ!椿の事なんか知らなければ・・・!」



何も。何も知らない。何も知りはしない。何も知ろうとはしない。
まだ、俺は動けないでいた。

「乾の字の読み方を変えると、かんと読めるんだよ。」
「え?」
「かんは本当は寒いと書いて寒だったんだ・・・」
「・・・何、の・・・」
「俺は・・・君の家に植わっている寒椿の末裔だ」
「・・・話を・・・?」
「ずっと昔、俺の叔母は君の父親の。そして、今、俺は君の。庇護者になるんだよ。本人と相手の意思とは無関係に。」
「・・・な・・・」
「・・・俺は・・・君を見つけた・・・。君は・・・俺を選んだ。」
「センパイ・・・?」
「離れるのは現し世の俺の身体と俺の心だ。君が・・・持っててくれ。」

掴まれたままの肩。
地面についた脚。
濡らされる頬。

「センパイ」

先輩の頬を撫でた時だった。

「・・・!っが・・・!っはっ・・・!」
ばたばたと口から溢れる紅い紅い血。
自分の顔を滴る先輩の血。
地面を紅く濡らしていく。



抱きしめようとした其の腕は、虚空を泳いだ。



力無く、地面に堕ちた。



血の跡は、紅い椿の花が残って、
顔に零れた温かさは、花弁となって散った。





先輩の姿は何処にも無くなった。
好きだと告げられて、答える間もなく散ってしまった。



ふと、自分の上に影が出来た。
顔を上げた先に居たのは、





「初めまして、御主人様」





と最愛の人の顔をして微笑む、全く違うモノだった。





与えられた愛しさは
還す事も出来ず、
ただ、
束の間の愛と
失った悲しみを引きずって、

護られて居なければならないのだ










君が、守るべき主と知らないままで居られたら、俺は、幸せで居られたかな?

でも、君に出会えた事に後悔はないよ?

ありがとう、愛してる。











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私をココに居させてくれた方々へ敬意を込めて。

咲木音緒様 中村友美様 秋山忍様 七瀬あや様
ユウカ様 ミチヨ様 根津アキラ様 ほざき麻穂様
霜月貴姫様 ヨシイサヤカ様 城島カレン様 白川季実枝様 乾直純様
天王寺ミオ様 ヤマダサクラコ様
これだけ多くの方の影響を受け、崇拝に近い尊敬をして、追いつきたくて必死になって。

勝手に名前を上げさせていただきました事に深くお詫びしつつ、厚く感謝しております。
本当に本当にありがとうございます。



現在進行形の気持ちと共に。
20030720 今朋 獅治