知らないフリをしていたのか、本当に知らないのか。
本当のことなんて、アイツには永遠に言わないんちゃうかな。



名前



大黒将志が、ガンバを離れる事が確定して数日たったある日だった。

『名前はよう知ってました。フタも俺の名前くらい知ってたんとちゃいますかね?』
なんかでアイツがそんな事を言ったらしい。
俺はその事を知らずにいて、だから突拍子も無い事を聞く人やなぁと、瞬間想った。
「で、知ってたん?」
ヤットさんが、聞いてくる。
「・・・どっちでもええことです。」

俯いて答えたけど、ふってもれた音とか、目敏いこの人はごまかし切れんなぁと知っていた。

「たしかに、どっちでもいいけど、な」
珍しいもん見れた〜って、いつもより少しだけ楽しそうな声を出していた。

「アイツは、俺を知ってたんか。」
俯いたまま、嬉しそうな顔してるだろう自分にも笑った。
ふふって、小さく笑う。

笑う。

そしてアイツは、いつでも本当に笑てるのかどうなのか、よぅわからへん表情だ。





だから、初めて見た泣き顔に、本気でびっくりした。
ああ、アイツにも涙を流す機能はあったんやなぁと、想った。
ついぞ見たことが無かった涙は、よりによってココから巣立つ日やった。

ラオウと車置いてくから?
そんなアホな。

ここから持っていくものとか、ここにおいて行くものとか、アイツの中で色々あって、一人でさっさと決着をつけて、こっちには何も言わなかったあいつが、流した涙。

一緒に行こかの一言だって無かった。
別に一緒に居てたわけちゃうけど。別に何でも共有してきたわけちゃうけど。
冗談じみた一言でもかけたらええのに。
なんも言わんと、俺の前から消えていった。

「ガンバに、帰ってくんな。次におんなしボールをつなげんのは、ここちゃうからな」

精一杯の餞の言葉。

「おぅ。お前も早く、選ばれろや。そんで俺にむっちゃボールよこせ」
ははって笑うこいつの顔は、やっぱりいつも通りの顔だった。
「俺が呼ばれてもお前が呼ばれんかったらまわせるもんもまわせへんで」
ふって笑う俺も、割といつも通りの顔や。

「なぁフタ。まずはガンバの優勝何やったんやろ?『まずは』はひとまず片付いてよかったな。」
ははって笑いながら、にやっと笑っていた。
ガンバが優勝したんだから、もう、代表に入る事を目指してもいいんじゃないかと、勝手な事を言うやつ。

「一緒のボールを追いたいんなら、そう素直に言うたらええのに」
「お前のパスを最高に生かせんのは俺や。」
「なんやそら。自慢かぼけ。ちゅうか勝手ゆうなあほ。」
「お前のパスに食らいつける為に練習してきたんや。お前のサッカーを知って、名前を知った日から、ずっと、今も、俺はいつだって練習しとる。だからはよせ。」
「俺は、お前なんて知らずにガンバに入ったもん。お前の片思いやな。ごしゅーしょーさまや!」

「ふたがわくんに、ふられてしもたわ」

大笑いしながらほなそのうちなと言って帰ってしまった大黒将志を、ふっと笑いながら見送る。

フランスでもドイツでも、勝手に何処でも行けっちゅうねん。泣き言なんか許さへん。
いつだって自分ひとりで決めて自分ひとりで進んでいくんだ。

俺のことなんて、考えたりしてへん。

それでも、お前はガンバではない別のピッチで、俺の名前を、俺のパスを、欲しいんやろうと分かってる。





ふっと、笑いが漏れた。
ここが、万博でなくて良かったと思った。

こんな笑いながら泣いてる俺、ガンバの誰かに見られなんて、むっちゃいややもん。










俺の名前を呼んで、俺に生かされ俺を生かせよ。



お前の名前、知らないわけが無いのだと、いつかいえるほどに。



















































20060308