いつか握ったあの手を



いつか離したその手を



いつか繋がったこの手を










れの歌




どうして出会ったのか覚えてますか?
どうして傍に居たか知っていますか?

初めて、あなたに会った、あの日、貴方はその空の青をとじ込めた目を潤ませていたんです。
初めて、あなたに会った、あの日、俺のこの黒い瞳は、絶望に眩んで、光が見えなかったんです。





まだ、世界が自分の眼に映る物でしか構成されていなかった頃、俺には目に映る全ての本質が見え、その世界はとても怖いものでした。
人の感情をまともに食らい、そして怯え、心休まるのは、自分に対して嘘偽り無く育ててくれていた家族の前でだけでした。



だから、いつでも。

茂みに隠れていた俺。
そして、ある日、その小さな隠れ家に、あなたが、偶然に、迷い込んできました。
急に目に飛び込んできた空の青、太陽の光。

「・・・お前の隠れ家だったのか、悪い」

歪んだ青に、太陽の光がきびすをかえす。

そこから溢れてくるものは、とても優しい心。俺の居場所を害するのは本分ではない。それは、とても失礼だと、律する心。



まって、いかないでいいよ



声なんて出ていませんでした。
ただ、とっさにつかんだあの人の手が、その意味を汲み取ってくれました。
掴んだ手が、じゃあ、邪魔すると、傍に居てくれました。

小さな茂みに、横に並んでいる事は出来ないので。
二人、必然的に抱きかかえる形に成ってうずくまっていました。

「俺は跡部景吾だ。お前、名前は?」
「かばじ むねひろ」
「ふうん、じゃあかばじ、お前、俺がその、えっと」
「いわない よ」
「うん。」
「だから、泣きたくなったら、ここに くればいい」
「じゃあ、お前にしか、俺泣いたの見せないですむな。」
「う ん」
「じゃあ、俺も、お前がここに居る事、皆に言わない。」
「う ん」

「なぁ、お前、なんか、あったかくて気持ちいいな。」
「そ う?」
「お前、こんな狭いとこに一人で居ないでさ、」
「う ん?」
「どうせなら、俺と一緒に居ればいい。」

な?と、きらきらわらう。
うん。とうなづく。

「けいごくん、俺 は、いっしょに居ていいの?」
「あたりまえだろう?お前はどんな時でも、迷わずに俺のとこにくればいいんだ!」
そう言って、あの人が、その手を差し出してくれました。
いつだって、あの人が、俺の光になってくれていました。

そしてあの人も、俺に寄りかかっていてくれていたのです。



緩い繭に包まって、二人ぼっちでいつも繋いでいたこの手。
その手を、あの人がゆっくりと手放して行ったのは、中学へ上がる時でした。

「けいごくんが、居なくても、俺は、大丈夫」

一気に世界が広がったのだろうあの人。それからしばらく、あの人から連絡を取ってくる事はなくなりました。
だから、俺はあの人に不要と思われたんだと思ったのです。

もう、要らないのかな?

一年の壁はとても厚くて、握る手も、何も無い。から、ただ、考える時間だけが無常に溢れていました。

も う 、 要 ら な い の か な ?

一年の壁はとても厚くて、その事を思うだけで学年の半分が終わってしまいました。



ずっとずっと、その傍に居たかったのです。
ずっとずっと、この手を離したくなかったのです。

でも、その時の俺には、出来る事なんて何も無かったのです。

だから、俺は動けなくなっていました。

この身体は、いつか二人で逃げ込んだ、あの小さな茂みにはもう隠れない事は知っていました。
だけど、俺にはあの頃と何も変わらない茂みが眼の前に出来ました。
其れは心の拒絶。内側に出来た歪。
ああ、そうか、もう、其処に一人で居ればいい。また、昔みたいにあの茂みに一人で隠れていればいい。そう、ひたすら思いはじめました。



光がなくなってしまった空に、何の色も存在しない。だから、このままここに隠れていよう。
いつかこのまま、俺はここで空気も吸えなくなるかもしれない。それでもいい。



大切な思い出と一緒に二人を守っていた茂みに、あの人が来てくれる事はもう無いでしょう。思い出に包まれて、一人ぽっちの俺に、いつの間にか棘の生えたツタが絡まっていました。

誰かの侵入を拒むように。もう心を開かないように。誰も踏み込め無いように。これ以上、俺が傷付かないように。

心の平穏を保つ方法を、忠実にこなすように。










中学に上がって、あの人はとても嬉しそうな顔をして出迎えてくれました。
そして、当たり前のように茂みを見つけ、俺の事を迎えに来てくれました。

あの人には見えていない、棘だらけの茂みの中。

俺は必死で、あの人を傷つけないように細心の注意を払いました。
茂みは彼の侵入を拒めなかったのです。だけどツタの棘は容赦なく彼を傷つけようとしました。
同じ茂みの中、確実な境界線。最後の一線を越えられない。だけど、唯一ツタの絡まっていない腕をクッションに、俺も結局あの人を受け入れてしまったのです。
たとえ自分に絡まったツタで自分が傷付いても、もう、何も思いはしませんでした。



もう、昔のようにはあの人に心を開けません。
もう、昔のようにはあの人の痛みを共有できません。
もう、昔のようにはあの人の想いは分かりません。



その中で、それでも変わらないものは、ただ、大事なんだという事だけなのです。



変わってしまったのは、俺なのでしょうか?
変わってしまったのは、あの人なのでしょうか?





ツタに絡まって手を伸ばせなくなった俺は、せめてあの人を守るために、この手を使おうと決めました。
あの人に一切の傷をつけさせないよう。そうやってどろどろの愛情で、ぬるま湯のような温度で、あの人を大事にしようと決めました。

もう、俺なしでは生きていけなくなってしまうほど、跡部さんに必要だと思ってもらえるようになれば云いと思い直しました。

ツタは、依然棘だらけのまま。いつしか、紅い花を咲かせていました。





其れは、俺の、欲望を肥料に咲いた、貴方を想う、紅い花なのだと思います。


















































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20041215