お前の幸せを願うほど、わがままが増えていく

それでも、お前を引き止めたい。いつだって そう










When someone's wish is realized.






屈託無く笑う精市は、いつだってその笑顔で人を追い込んでいくのだ。











私よりさらに長い事一緒に居た弦一郎は、それは見事に深みに嵌っていた。

「まったくあいつは・・・」
そう言いながら、弦一郎は頑なとしか言い様が無いほどに精市に溺れていた。
精市を神様のように崇拝していた弦一郎の場合、神様が現実に存在する分、それは偶像を崇拝してる敬虔な人々よりも、いっそ根深い信仰になっていた。
その当時、まだ心に靄の掛かっていた自分には、弦一郎の様に精市に心酔していく気持ちなど全く無く、どこか遠くの事の様に想っていた。
もしあの時私に、貞治という靄など無かったならば、私はおそらく、笑顔にだまされるように精市を崇拝していたのかもしれない。

あの時、自分だけの神様を、全ての人と共有せねば為らない神様を、崇拝しているだけの余裕は無かったのだと想う。



そう、あの時・・・








































其れは自分の行っていたスクールよりも、ずっと規模の大きなものだった。
驚いて一瞬止まってしまった私に、弦一郎は握っていた手を少し強く引いた。
「蓮二、こちらだ。」

手は、ここへ着いても離される事はなく、今も確りと繋がっていた。
「ああ・・・」
弦一郎は悠然と歩く。ひそひそと声が聞こえる。私には疚しい事は何一つ無いのだけど、何処となく所在の無い思いは拭えなかった。

そうこうしている内に目的地に着いたのか、弦一郎の足は止まった。

「幸村!」
弦一郎の声が響く。一瞬辺りは静寂。
「何?真田。」
真田が持つ威厳とは違う、しかし決して人に埋れない存在感を与える、ふわふわとした黒い髪をもった、少女の様な面持ちの、「幸村」と呼ばれる子が傍に来た。

「あれ?始めまして、だよね?俺は精市。幸村精市って言うんだけど、君は?」
人好きのするにこにことした表情。
「俺は、柳蓮二。」
「柳君?」
「蓮二で、構わない」
「そう、じゃあ、俺の事も精市で良いよ。で、蓮二は見学?真田とは知り合い?」
「幸村」
「ん?なあに?真田。」
「口を挟む隙が無い」
「おっと、ごめん。」
「蓮二は最近俺の家の近くに越してきたんだ。前に居たところではスクールに入っていたというから、ここを紹介がてら見学させにきた。」

精市は、ふうんと言いながら無遠慮に私を見ていた。
そのときですら、微笑を絶やす事は無かった。

でも、その笑顔が。私には怖かった。

望んでいるのか無意識なのかは分からないけれど、彼の存在は、人を食べてしまう。
自分を持ち続けていなければ、きっといつか私は、私を失ってしまうと想った。

目が離せない。此れを逸らしてしまったら、私はきっと何かを失う。

不意に彼が目を閉じた。

「うん、蓮二の事、僕気に入ったよ」
再び瞼が開いた時、そう言いながらふわりと精市は微笑った。



「真田は本当、いつだって僕より先に良いものを傍に置く」

「精市・・・?」

「なんでもないよ。これからよろしくね、蓮二」
精市の握手は、弦一郎とは少し違っていて、祈るような、捉えるような握手だった。








































「蓮二はあの頃からちっとも変わらないね」

「え?」

それは少し肌寒い日で、少し薄着で中庭に出ていた私たちに、一緒に居た弦一郎が、小さくくしゃみをした幸村のために教室から私たちの上着を取ってきている最中の事だった。



「驚かないでよ」
「唐突だとは想ったが驚いては居ないさ。其れより、あの頃・・・?」
「そう、始めて会った頃」
「そうか?でも、精市も変わっていないだろう?」

「そうかもしれないね。でも蓮二は変わらず俺に酷いよね。俺のそばに居て、俺と話をしているのに、いつだって驚くほど大切に真田を見ている」

そんな事は無いとは言えなかった。
何より、こちらを見てにこにこ笑っている精市を前に、ごまかしはきかない。
「そうかも、しれないな。精市が私に言うんだ。其れは真実なんだろうな。」
「蓮二は俺の言う事を全て信じるの?」
「お前は秘密は多くても、俺に嘘を教えない。そうだろう?そこは信用しているんだ」

「蓮二は俺の事を見てるのに、俺の事を見ていないんだな」
「お前こそ、弦一郎がどれほど真実を見せても、見てやっていないだろう?私に求めても其れは不可能だ。それに、」
「其れに?」
「・・・いや、なんでもないさ。」

弦一郎だって、私を見ているのに、何も見てくれて無いんだ



ふふ・と笑う精市は、恐ろしいほどの笑顔だった。
「楽しそうだな幸村」
ほらと上着を差し出しながら眉間に皺を寄せていた。
「蓮二と居るのは楽しいよ、弦一郎と違って言葉遊びも出来るしね」
あははと笑いかけるその緩やかな笑顔は、とてもじゃないが神様とは程遠いと想った。
幸村の笑顔は綺麗だなと呟く弦一郎の言葉は、ざわめく風に流した。



精市の笑顔だって、あの頃から寸分も違えてないのだ。
ふわりと笑ながら、本当は、精市はその表面に騙された愚かな者たちをあざ笑っているだけなのだ。

ふわりと微笑っているはずなのに、精市の目はけして笑ったりはしない。
いつだってその双眸は、此方の動向を監視しているのだ。










そして。

複雑な三人の関係が、少しずつ破綻して行ったのは、精市が倒れたあの日からだった。





神様が天へ召されて、弦一郎は一緒に登ろうとし始めてしまった。

私はただそれを悲痛の声を上げることも出来ずに見ているだけしか出来なかった。

そして精市は、さようならと笑っていた。一人召されたふりをして、しかし彼だけここへ戻ってくるのだ。





頑なに彼の意志を守ろうとした弦一郎は、高みへの檻に、頑強なその檻に囚われてしまったのだ。

手の上で踊り、盲目的な程に彼の後を追った憐れな信徒を、精市は微笑みながら更に頑強に捉えていった。

そして私は、一緒に登りつめる事も、非難する事も、誰かに同調する事も出来ず、ただ自分の眼を伏せ続ける事しかしなかったのだ。





常勝に拘り続ける弦一郎は、見ているのが辛くなるほどに荒んでいった。
自分たちが勝ち続けていなければ、精市は戻ってこないと。
自分たちが勝ち続けていれば、精市は戻ってくると。
果てしの無い夢を頑なに見続けていた。

誰一人、弦一郎に意見はしなかった。
公私どんな試合であれ負ける度に殴られても、其れで弦一郎が少しでも心の平穏を保ち続ける事が出来るならと。
色々な想いが交錯していた。

誰一人、弦一郎を救ってやれはしなかった。
だからかもしれない。そして、其れは私だけが想っていたのかもしれない。
そう、だっていつだって私は、誰よりも常勝に拘り続けた哀れな私たちの孤独な皇帝を、誰かが破ってくれる事を願っていた。
そう、だから、越前が破ってくれて感謝していたのだ。

なぜなら、彼の果てしないほど頑な夢は、その時、覚めてしまったから。
弦一郎が負けたからといって、幸村が死んでしまうわけがないのだ。其れと此れとは、もとより次元の違う関係のない話なのだから。




















弦一郎の神話は終わりを告げた。

しかし、ピリオドはまだ打たれていない。

だから私は、一人勝手に、彼のピリオドを打ってしまおうと決意をした。


















































+--back next--+

20040918