お前の幸せな願うほど わがままが増えてくよ

お前は私を引き止めない いつだってそう

誰かの願いが叶うころ あの子が、泣いている

みんなの願いは、同時には 叶わない











When someone's wish is realized.






其れはきっと、崇拝という念に似た蝋で固めた、イカロスの羽根












「久しぶりだな、精市」
扉をくぐれずに其処に立ち尽くしていた。
精市の影が私に被さる。日は既に落ちかけている。
「やぁ、久しぶり、蓮二。そんな所に立ってないで入ってきたらどうだい?」
招かれた部屋に、それでも毅然としていなければならない。

「苦しそうな顔をしてるね?何かあったの?」
私の意図なんてきっとお見通しだと言わんばかりの眼差し。
あの時と同じだ。視線を外せない。
精市が笑う。
「何?蓮二。俺はコレでも14歳なんだ。言葉にしてもらわないと分からないよ?」
酷くにこやかに、精市は笑う。

「弦一郎は負けてしまった。何所までも登ってお前に会おうとしていた弦一郎は、落ちてしまった。」
私の比喩も何をも分かっているという顔で、くすくす笑う精市が悪びれずに「知ってるよ。」と言う。

「精い」
「ねぇ蓮二。俺はね、何一つ真田と約束なんてして無いんだ。」
「精市・・・・?」
「『絶対』に勝て何て言ってなければ、勝たなければ俺は死ぬなんて事も言ってない
真田は倒れて意識の無い俺に約束をしたんだろう?其れはお前を含めて皆が見ていたはずだ。」

ちがうか?と微笑みながら言葉を続けた。
「それなのに、負けて落ちたのは真田の勝手だ。俺のせいじゃない。」

あの時と同じ笑顔。
とてもじゃないけど綺麗ではない。

「常勝を謳って、負けを悪と思い込んだのは、真田だ。そうしなければいけないと思い込んだのは真田だよ?」
歌うように淀む事無く発する言葉の羅列
「俺は何も交わして無い。俺は何も約束していない。檻に縋ったのは真田の勝手だよ」
きしりとベットは音を立てた。
「なぁ、其れすらも信じられない?俺の言葉は、いつだって蓮二は受け入れてくれないんだな」
するりと頬をなぞる指は、女の子の様に柔らかくキレイなものだった。

「お前の言葉に嘘が無い事は知っている。でも・・・」
精市の身体が密着してくるのが分かる。シルクの肌触りが、今は嫌悪すら与える。
「でも、お前の言葉をそのまま受け入れる事は出来ない。お前は、知っていたんだろう?」

「何を?」
「お前が何も言わなくても、お前がそう仕向けるだけで、弦一郎が勝手に約束して、其れに縋っていくなんて、知っていたんだろう?」
言葉だけが真っ直ぐに向う。私は微動だにせず前だけを向いていた。
そして精市は何も言わない。ただ悪戯に頬を指でなぞり続けるだけだった。



「精市。」
「何?」

「お前は私に不利になる事をけして言わない。でも、精市、お前自身が不利になることも言わない、そうじゃないか?」





ぴくりと精市が動きを止めた。

「ははっ、本当に蓮二は俺を良く見てるね。なのに・・・」

「やっぱり俺を見てくれない!」
先ほどまで柔らかく絡みつくように密接していた身体を、容赦無く力任せに押す
「せ、いち・・・!?」
どんっという音が自分の中から、外から聞こえた。

酸素を上手く摂り込めず、更には自分を支える事もままならない身体は、意図せずその場に崩れ落ちた。

「イヌイ君と向き合って過去を振り切れば。真田が勝手に落ちれば。蓮二はどんな理由であれこっちを向いてくれると想ってた。」
逆光を浴びて見下ろしてくる視線。感情の見えない唯ひたすらに冷たいだけの声。
「だけど蓮二は、結局俺にすがったりはしない。俺のこと、見てくれない・・・。」
「精市?」
「真田に、自分を見て欲しかったんだろう?俺がお前に見て欲しいのと同じ様に。俺が、本当は憎かったんだろう?真田の先には俺が居たから。そして、」
「精市、もういい」
「そして、俺の幻想に惑わされた真田を、寸でのところで引き止めていたんだろう?真田を見守りながら、本当は俺を監視していたんだ。」

「そんなこと、知らないわけが無い。」



とても軽やかな動作で目の高さを同じにしたのは、動けない私ではなく、精市の方だった。
先ほど不意の攻撃を受けた箇所をゆるゆると撫でる精市の声は、とても穏やかなものへと変わっていた。
「真田がずっと、羨ましかった」
それは、とても苦しそうな声だった

「蓮二は綺麗。すごく綺麗。本当は毀れやすいのを知っているから、その、身にまとった美しさで人を近づけさせない。だから蓮二の周りには蓮二と上手く距離を置けるやつだけ。」
「そんなご大層なものじゃないさ」
「だけど真田は、そのキレイな硝子みたいな蓮二の事を、何も知らずに扱うんだ・・・。価値を知らないからって」
「私は、だから弦一郎が大切なんだ」

ああ

そう呟いた精市の表情は、一度も見た事が無いほど優しい顔だった。

「俺の、負けだね。どうしたい?蓮二はここに何をしに来た?」





「弦一郎を解放してやってくれ。弦一郎を見てやってくれ。弦一郎の願いを叶えてやってくれ・・・」
「蓮二は?蓮二は良いの?俺が其れをしても、真田はきっと蓮二を見ないよ?」
「弦一郎を解放してやって欲しいと願っているのは私だ。弦一郎が望んでいることではない。だから、その事への見返りは期待していない。」

「言われなくても俺は真田の願いなんてかなえることになる。もう、病状は回復に向ってるんだから、」

そう、弦一郎は、ただ、幸村が戻ってきてくれる事だけを願っていた。

「そうか、ありがとう。」
「お前の願いだし、俺は其れを叶えるよ。其れが出来るのは俺だけだ。だから。」
「だから?」
「蓮二、お前も俺の願いをかなえてよ。せめて、此れだけは叶えてくれ。」



ゆっくりと絡められる手。
あの時と同じ。祈るような捕らえるような、握手。

「蓮二、もう、手を伸ばせ。求めろ。本当はお前、自分から繋ぎたかったんだろう?もう、赦されているんだ。この手は、何を掴んでも良いんだ」
強く握られた手は、とても暖かくて、
「俺のこと、好きになってなんて言わないさ。だから、せめて。蓮二が幸せになる為に、その手を伸ばす勇気を持つ事を願わせてくれ」
私を優しく包んだ。
「分かっていたんだ。始めてあった時から、蓮二は手を伸ばそうとしながら引っ込めてしまっていたこと」





弦一郎の願いを叶えてやりたかったのだ。

弦一郎を檻から解放してやりたかったのだ。

弦一郎にピリオドを打ちたかったのだ。





それなのに



叶ったのは、ただ、無意識の自分の願いだけだった。










「すまない・・・」

精市の悲しみを乗せた声が響いていた病室に。

「何に謝ってるのか分からないよ、蓮二」

精市の慈しみを乗せた声が響いた。

俺の願いを叶えたがった優しい彼を。

初めて自分から手を伸ばして抱きしめた。



「苦しいよ、蓮二」

くすくすと笑いながら俺の胸の中に収まっている精市も、声が震えていた。

「ありがとう、精市・・・」

「蓮二が、一番初めに掴んだものが、俺で、嬉しかった」



祈るように、願うように、今は、温かい涙がこぼれる。


















































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20040918